「Mi Regalo(ミ レガロ)」というスペイン語が、「私の贈り物」という意味だと知ったのは、つい先日のことだった。
ホンジュラスのインティブカ県、標高1,750メートルの山間で、イェシカ・ビクトリア・マンシアという女性が育てたコーヒー豆。父親から農園を譲り受けた2017年から、夫とふたりで5ヘクタールの土地を耕してきたという。完熟したチェリーだけを選んで、収穫したその日のうちにミルへ運ぶ。肥料は有機のものに限り、乾燥はソーラードーム型の機械でゆっくり25日間。決して特別な話ではないのかもしれない。けれど、そのひとつひとつを淡々と続けることが、どれほど骨の折れることか、毎朝コーヒーを淹れる側にいる人間にはなんとなく想像がつく。
カップに口をつけると、まず赤いリンゴのような明るさが立ち上がる。続いてストーンフルーツの果実感、中盤にふと枇杷の気配が顔を出して、最後にほのかな緑茶の余韻が残る。ひと口の中に四つの景色が同居しているのに、賑やかではなく、むしろ静か。「クリーン」という言葉では足りない、滑らかで透き通る口当たりが、ちょっと忘れがたい。
自分の育てたものに「贈り物」と名づける感覚が、僕は少し羨ましい。商売だと割り切ってしまえばそれまでだろう。けれど、彼女はきっと、子どもたちの教育のことや、いつか手に入れたい新しい精製設備のことを思い浮かべながら、毎朝チェリーの色を確かめているのだと思う。海を渡ってこの店のキャニスターに収まった豆は、たしかに彼女から、見知らぬ誰かへの贈り物としての顔をしている。
そして贈り物というものは、たいてい受け取る側にも何かを促す。本を一冊持ってきて、ゆっくりページをめくりながら飲むのもいい。窓辺の光に手をひたして、何も考えずにただ味わうのもいい。送り手の手間に、こちらの時間を少しだけ合わせてみる。それぐらいの応答が、この一杯にはよく似合う気がする。
ミ レガロ、ぜひ一度。